忍び寄るマイクロプラスチック汚染の真実

忍び寄るマイクロプラスチック汚染の真実

「このままだとみなさん、プラスチックの屑がまじった魚を食べることになりますよ。もう食べているかもしれない」と高田秀重教授は言う。

 東京農工大学農学部環境資源科学科の水環境保全学/有機地球化学研究室が入っている棟はただいま建替え中で、仮設のプレハブで話を聞いている。高田教授は、環境中で見つかる残留性の高い人工物質について、幅広く研究を展開しており、ぼくは現時点での状況を知りたくて訪ねた。そんな中、強く印象づけられたのが、まさにこの話題だった。

 高田さんたちが、2015年、東京湾の埠頭で釣ったカタクチイワシを調べたところ、8割の消化管の中から、様々なプラスチック片が出てきたというのである。もちろん、魚の消化管は、普通は食べずに捨てるわけだが、何かの拍子に口に入ってしまうこともあるかもしれない。いや、小さな魚だと内臓を抜かないまま揚げることもあるし、サンマの焼き物などでは、ワタの苦味をむしろ楽しんで食べる人も多い。とすると、やっぱり、食べてしまっているかも……。

 考えるだにショッキングだ。高田さんの淡々とした穏やかな口調ゆえに、逆にリアリティが増した。

「釣ったものをさばいて胃腸を取り出して、アルカリに漬けて1週間もすると、中のプラスチックだけが残って浮いてくるんです。それを分析機械で確認したところ、ポリエチレンとかポリプロピレン、それも、大きさにすると1ミリ前後のものが多くあると分かりました」

ここで見つかったプラスチック片は、近年、「マイクロプラスチック」として問題視されるようになったものだ。国連の海洋汚染の専門家会議の定義では、「大きさが5mm以下のプラスチック」である。もちろん人間が環境中に放出したプラスチックに由来するもので、高田さんは、世界的にも早くから研究を続けてきた功労者の一人だ。

 さて、それでは、カタクチイワシの消化管から見つかったマイクロプラスチックはどういうルートでここまで来たのか。東京湾の話だから、東京、千葉、神奈川など、東京湾に面した地域から出たもののはずだが、こういった地域では、基本的にはプラスチックゴミは、収集・処理されているはず。ポイ捨てされたものだけで、「8割のカタクチイワシ」に行きわたるものなのだろうか。いや、そもそも、どうやったらこんなに小さく揃ったプラスチック片ができるだろう。

「よく説明するのに使うのはこういうものです」

 高田さんは、色あせた古いプラスチックの塊を差し出した。見慣れた洗濯バサミだ。

「例えば、洗濯バサミも、外で1年も使っているとポキッと折れやすくなりますよね。1年間、太陽の光にさらされて、紫外線の力でこうやって壊れてしまう。海の表面でも、やはり日の光はずっと当たってますので、壊れる作用が進んでいきます。さらに海岸にプラスチックが落ちていると、紫外線が当たるだけでなく、海岸の砂浜も熱をもちますので、それによってボロボロになる速さがどんどん加速されていくんです。ちなみに、1枚のレジ袋から、数千個のマイクロプラスチックができると言われています」

 洗濯バサミにしても、レジ袋にしても、ペットボトルにしても、長期間、紫外線に当たって、なおかつ高温にさらされるとボロボロになる。例えば、風に飛ばされたレジ袋がそのまま川に落ちて流れていったとしたら、そこからは数千個のマイクロプラスチックが発生しうるのだという。これまで考えたこともなかった。

 さらに、海に流れたプラスチックゴミを砂浜に集約して、効率的にボロボロにしてしまうような仕組みが自然界にある。

「海に浮いているゴミって、大きいうちは砂浜に打ち上げられる法則があるんです。そして、小さくなると、今度は沖合に出て行きます。専門的には、ストークスドリフトって言います。つまり、大きい破片が砂浜に打ち上げられて、そこでボロボロになって小さくなると、今度は海に戻っていくわけです。小さくなって海に行ってしまうともう回収するのはほとんど不可能です。プランクトンネットで海じゅうをすくわなければならなくなりますから」

プラスチックとは当たり前だが、1種類ではない。もともと「可塑性がある」というのが”plastic”の原義で、熱を加えて自由な形にできる合成樹脂のことを指すようになった。今ぼくらが日本語で「プラスチック」と呼んでいるものの中には、ポリエチレン(レジ袋や、ラップ、容器など)、ポリプロピレン(耐熱容器やラップなど)、ポリスチレン(発泡スチロールなど)、ポリ塩化ビニル(多岐に渡る用途。塩ビパイプ、ソフビ玩具などがよく知られる)、PET(ペットボトルなど)などが含まれる。総称としては、むしろ合成樹脂とした方がよいのかもしれないが、ここでは日常用語としての「プラスチック」で通す。

 さて、プラスチックの多くは、最初、海面近くを浮遊する。特に生産量が多い、ポリエチレンとポリプロピレンは、水よりも軽く小さくなっても浮いている。カタクチイワシは、プランクトン食だから、それを間違えて食べてしまうのだろう。あるいは、最近ではプランクトンそのものがマイクロプラスチックを取り込んでしまう事例の報告もあるので、「マイクロプラスチック入りプランクトン」を食べた可能性もある。

 そして、こういったカタクチイワシや、「カタクチイワシを食べた魚」が、ぼくたちの食卓に上がるとする。結局、ぼくたちが環境中に出してしまったものが、まわりまわって自らのもとへと返ってきてしまうのである。

「我々は汚染する者であり、汚染される者でもあるんです」というふうに高田さんは表現した。

 想像するだけで気持ち悪いが、もしも人体に入っても、消化されることもなくそのまま排泄される。だから、これはあくまで気分の問題であって、気にする必要はないかもしれない。

 というのは、あくまで楽観的な「見込み」だ。そして、残念ながら間違った「見込み」でもあるらしい。

「プラスチックには、もともと添加剤が入っていますし、汚染物質を吸着してしまう性質もあります。海中のプラスチックの汚染物質濃度は、周辺の海水中の十万倍から百万倍にもなるんです。それらの中には、内分泌撹乱物質、いわゆる環境ホルモンと言われるものもあります。環境ホルモンは、90年代にちょっと騒がれすぎて、今は反動で報道されにくくなっていますが、だから安全というわけじゃないんです。内分泌系の撹乱だけではなく、動物実験や細胞実験でいろいろな影響が示唆されていますので、取り込まない方がいいに決まっています。さらに、とっくに禁止されてもう使われていない化学物質PCBなども、環境中に残留しているものが吸着して、高濃度になっています」

環境ホルモンについては、一時、「男性が女性化する」「子どもができなくなる」「ガンになる」などと大騒ぎになって、その後、しゅっと萎んでしまった。しかし、実験室レベルでの毒性はその後も研究され続けているという。一方、PCB(ポリ塩化ビフェニル)は、公害病であるカネミ油症の原因になったり、発がん性、催奇性があることで知られている。1960年代によく使われ、健康被害がはっきりしたため、70年代の初頭には使用が禁止された。その後、40年近くたっても、ひとたび放出されたものが環境中に微量ながら残っており、それをマイクロプラスチックなどが吸着することで濃度を高めてしまうというのは衝撃的だ。また、PCBにかぎらず、油脂に溶けやすいタイプの有毒物質が軒並みプラスチックに吸着してしまうというのである。

 さて、かなり深刻に思えてきたのではないだろうか。

「ただ、マイクロプラスチックが有害であるとはっきり分かったわけではありません。国際的に進められている対策は、予防原則的な立場からのものです」

 高田さんは慎重に留保をつけて、そう言った。しかし、実際に、多くの国々や自治体で、様々な施策が取られるようになってきているのはまぎれもない事実なのである。

「2014年には、アメリカのサンフランシスコ市で、ペットボトルでの飲料水の販売が禁止されました。フランスでは、プラスチック製の使い捨て容器や食器を禁止する法律ができて、2020年から施行されます。プラスチックゴミについて、いわゆる3R、リデュース(減らす)、リユース(繰り返し使う)、リサイクル(材料として再活用する)の中でも、まずリデュースしようというのが大きな流れです」

 高田さんは、2017年6月にニューヨークで開かれた国連海洋会議に出席し、その中の海洋ごみ、プラスチック及びマイクロプラスチックをテーマにした分科会で基調講演を任された。その時に強調したのが、「3Rの中で特に削減が第一」という点だったそうだ。会場の研究者も政府関係者も、その点においては異論はなく、コンセンサスと言ってよいものだったという。またその場で、レジ袋などの使い捨てプラスチックを規制する国際条約案が検討されたりもした。

 このようなわけで、今、マイクロプラスチックの問題が、国際的に大いにクローズアップされて、時代が動こうとしている。その中心的な動きの中には、高田さんのように日本の研究者もいる。しかし、正直、日本でこの言葉を通常メディアでよく見かけるようになったのは、せいぜいここ数年のことではないだろうか。

 長年、問題を追いかけてきた高田さんのガイドで、まずは今世界で起きていることを理解するところから始めなければならない。

参照:https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/web/18/053000010/053000001/?ST=m_labo

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