南海トラフ地震の関連情報の提供開始から2年 対策は進んだのか?

地震予知を前提とした東海地震対策の見直し
 1976年に駿河湾地震説(東海地震説)が提唱され、1978年に想定東海地震の単独発生を念頭に、地震の直前予知を前提とした大規模地震対策特別措置法(大震法)が制定されました。この法律に基づき、想定東海地震の震源域で前兆滑りを検知した場合、気象庁が地震予知情報を発表し、内閣総理大臣が警戒宣言を発令して地震防災対策強化地域の社会機能を停止し、被害の軽減を図ることになっていました。

 ですが、甚大な被害を出した1995年阪神・淡路大震災や2011年東日本大震災などでは、明らかな前兆現象をとらえることができませんでした。このため、直前予知に頼った地震対策のあり方が問われるようになりました。また、東海地震の単独発生に加え、南海トラフ沿い全域での南海トラフ地震の発生も心配されるようになり、地震予知を前提としない南海トラフ地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法(南トラ法)が新たに制定されました。その結果、共通する震源域に対して異なる考え方の法律が並立することになったのです。

南海トラフ地震に関連する情報の発表
 このような状況の中、中央防災会議に設置された「南海トラフ沿いの地震観測・評価に基づく防災対応検討ワーキンググループ」は、2017年9月26日に「南海トラフ沿いの地震観測・評価に基づく防災対応のあり方について(報告)」を公表し、「現時点においては、地震の発生時期や場所・規模を確度高く予測する科学的に確立した手法はなく、大震法に基づく現行の地震防災応急対策が前提としている確度の高い地震の予測はできないため、大震法に基づく現行の地震防災応急対策は改める必要がある。」との見解を示しました。

 これを受けて、気象庁は、同年11月1日から「南海トラフ地震に関連する情報」を発表することにし、有識者から助言を得るために南海トラフ沿いの地震に関する評価検討会を設置しました。情報には、「臨時」と「定例」があり、「臨時」は南海トラフ沿いで異常な現象が観測された場合などに発表されます。これによって、東海地震に対する警戒宣言は事実上凍結されることになりました。

南海トラフ地震に関連する情報(臨時)発表時の社会の対応
 南海トラフ地震に関連する情報(臨時)の発表が始まったものの、この情報に対応する社会の対応方針は定められませんでした。このため、情報が発表されると社会が混乱することが予想されました。本来は、余り確度が高くない情報に対して対応方針を決めるには、時間をかけて議論し、合意形成を図ることが望まれますが、地震発生の切迫性を考えると、大きな方向性を短期間にまとめることが必要でした。そこで、静岡県と高知県、中部経済界をモデル地域に選び、約半年間の精力的な検討を踏まえて、中央防災会議に作業部会「南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応検討ワーキンググループ」が設置され、昨年12月25日に「南海トラフ沿いの異常な現象への防災対応のあり方について(報告)」が公表されました。

 地震被害の甚大さを踏まえ、異常な現象を観測したら、その情報を少しでも減災に活かすよう、対応すべき典型的なケースについての具体的な基準や、住民や企業の基本的な防災対応の方向性、実行的にするために必要な仕組み等が整理されました。

南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン(第1版)と南海トラフ地震臨時情報
 作業部会の報告をうけて、本年3月29日に、内閣府防災担当から「南海トラフ地震の多様な発生形態に備えた防災対応検討ガイドライン(第1版)」が公表されました。地震対策の基本は、突発的な地震発生に備えることにあるのは当然ですが、不確かとはいえ普段より地震発生可能性が高まっているとの情報が発表されたときに、少しでも被害を軽減できるよう、対応指針が整理されています。

 ガイドラインの公表に合わせて、気象庁は、同日に「南海トラフ地震に関連する情報の名称について」を示し、南海トラフ地震に関連する情報として「南海トラフ地震臨時情報」と「南海トラフ地震関連解説情報」の2種類を発表することにしました。

 臨時情報にはキーワードが付記され、「臨時情報(調査中)」、「臨時情報(巨大地震警戒)」、「臨時情報(巨大地震注意)」、「臨時情報(調査終了)」の4種類が定められました。調査中は調査を開始した場合、巨大地震警戒は「半割れ」に相当すると評価した場合、巨大地震注意は「一部割れ」か「ゆっくりすべり」に相当すると評価した場合、調査終了はいずれにも当てはまらないと評価した場合などに発表します。また、解説情報は、定例の評価検討会の結果や、臨時情報発表後の状況の推移等などを発表します。

 本年5月31日に行われた中央防災会議で、南海トラフ地震防災対策推進基本計画の改訂が承認され、同日より新たな臨時情報の運用が始まりました。

ガイドラインの基本的考え方
 ガイドラインは、南トラ法に基づいて指定された南海トラフ地震防災対策推進地域(推進地域)や南海トラフ地震津波避難対策特別強化地域(特別強化地域)を対象にしています。推進地域は、最大クラスの南海トラフ地震が発生した場合に震度6弱以上の揺れや3m以上の高さの津波が予想される自治体などが、特別強化地域は、津波により30cm以上の浸水が地震発生から30分以内に生じる地域などが指定されています。

 ガイドラインは、第1編共通編、第2編住民編、第3編企業編の3編で構成されています。気象庁から臨時情報が発表されたときに、通常より警戒レベルを高めることなどで、少しでも被害を減らすことを目的に、地方公共団体、指定公共機関、特定企業等などが防災対応を検討する際に参考にすべき事項が整理されています。今後、各組織はこれを参考に防災計画の見直しを行い、2020年度のしかるべき時期から運用を開始することが求められています。

事前避難対象地域
 津波からの避難が間に合わない地域を抱える自治体は、予め「事前避難対象地域」を設定する必要があります。地震発生後の避難では全住民が明らかに避難を完了できない地域は「住民事前避難対象地域」、高齢者などの要配慮者の避難が間に合わない地域は「高齢者等事前避難対象地域」と呼びます。臨時情報(巨大地震警戒)が発表されたら、自治体は、避難勧告や避難準備情報などを発表することで、対象住民に1週間の事前避難を求めることになります。このため、事前避難対象地域を抱える自治体は、避難の勧告や避難所の確保といった対応を予め定める必要があります。

ガイドライン公表後の半年間の動き
 現在、ガイドラインに基づいて各地で臨時情報に関する説明会が開催されると共に、自治体や社会インフラ事業者を中心に計画策定の準備がされつつあります。まずは、事前避難対象地域の指定が必要になりますが、そのためには津波避難施設の整備状況を勘案しつつ、市町村と住民が合意することが必要になります。とくに、海抜ゼロメートル地帯など、堤防が損壊するとすぐに浸水する地域の取り扱いなども課題になっています。

 また、鉄道などの公共交通機関の運行、道路の通行状況、教育機関や医療機関の対応の仕方などは、あらゆる自治体や企業にとって、臨時情報発令時の対応を決める上で前提条件になります。さらに、港湾機能が維持されるかどうかはエネルギー関連企業も含め、企業活動に大きな影響を与えます。このため、現在、南海トラフ地震臨時情報に伴う防災対応中部連絡会において、具体的な検討が行われています。

今後の見通し
 基礎自治体や特定企業などは、これらの検討結果を参考に、南海トラフ地震防災対策推進計画の改訂を、年度末をめどに進めていくことになります。ですが、検討すべき課題は多岐にわたるため、まずは基本的な方針を定め、その後、段階的にブラッシュアップしていく態度が必要だと思われます。また、ガイドラインも第1版と記されているように、各組織での具体的な検討を受けて、改定が行われていくと思われます。

参照:https://news.yahoo.co.jp/byline/fukuwanobuo/20191101-00148975/

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