【注目すべき書籍の紹介】「糖」が解き明かす人類進化の謎 なぜヒトの脳は大きくなったのか・・・林 俊郎 (著)


「糖」が解き明かす人類進化の謎 なぜヒトの脳は大きくなったのか

林 俊郎 (著)

内容を簡単に言うと、人類の大脳化にはブドウ糖(糊化したデンプン)が絶対条件であったというものです。先に言っておきますが、著者は糖尿病を長年患っており、糖質のデメリットである、タンパク質への劣化作用(=糖化)などは熟知している上で述べています。

基本的に(ヒトを除く)哺乳動物の「脳」のエネルギー源は、乳酸とケトン体です。見かけ上のエネルギー源は確かにブドウ糖なのですが、脳に届けられたブドウ糖はグリア細胞(特にアストログリア)によって乳酸に変えられ、これがニューロン(神経細胞)の主なエネルギー源となっています。(またはケトン体です。ケトン体が悪玉といまだに言っている人は、、、基礎から勉強しましょう。ただし、ケトジェニック状態を長期で維持することは私も反対です)

ニューロンにはターンオーバー(新陳代謝、入れ替わり)が基本的に一生ないので(ごく一部ではあるが)、糖を直接受け入れるとタンパク劣化が起こりうるため、ターンオーバーのあるグリア細胞が代わりに乳酸に変えてニューロンに渡しているという巧みなエネルギー機構があるのです。

ただし、(ヒトを除く)ほとんどの哺乳動物が利用している糖は、肝臓における糖新生由来のブドウ糖であり、食事から得たブドウ糖を直接利用しているのではありません。そもそも、植物の生デンプンを消化する酵素はなく、膵アミラーゼは生デンプンに対する吸着機能が欠落しています。

そのため、腸内細菌がこれらを分解し(腸内細菌には食物繊維や生デンプンを消化する酵素を持っているからですね)、短鎖脂肪酸などの有機酸に変えて、これを宿主が吸収してエネルギーに利用するわけです。

しかし、事件がおきました。それは人類による火の使用です。火の使用によってデンプンを糊化することができ、これによって大量のブドウ糖が高濃度で血中をなだれ込んだのです。

脳では血管と直接接触しているグリア細胞が大量のブドウ糖を取り込み、いっせいに乳酸に変えて処理をしますが、自身の細胞を増やさざるを得ません。さらに大量のインスリン分泌とともにグリア細胞の増加と神経網の発達を促し、結果的に大脳化をもたらします。ニューロン自体は増加せず、樹状突起や軸索を発達させるに至りました。

大脳化はニューロン数の増加に伴う体積の膨張によるものではありません。ヒト脳の容積の90%以上がグリア細胞で占めており、進化した脳ほどグリア細胞の存在比が高いのです(PNAS September 12, 2006 103 (37) 13606-13611)。

2015年、シドニー大学のチャールズ・パーキンスセンターと農業環境学部の研究者が共著した新しい研究によると、デンプン質の炭水化物こそがヒトの脳の進化の主な要因であり、旧石器時代のヒトはいわゆるパレオダイエットでは進化しなかったことを報告しています(Hardy K,Thomas M,Brown K,2015)。

「デンプン質食品を、火を使って調理することが、人間の脳の成長を引き起こした。」この新説が出てくるまでは、80万年前にヒトの脳が巨大化したのは肉食の結果であるという長年定着していた仮説に反します。(リチャードランガム「火の賜物」の理論も崩れることになります)

研究者らは「また、旧石器(パレオ)時代のヒトは、今日提唱されている(低炭水化物の)パレオダイエットでは進化していないだろうという証拠がある。」としています。

話を著書に戻しますが、この著書ではエビデンス的な科学文献をあまり載せておらず(一般図書ばかりを参考文献として挙げている)、そのため、著者の妄想ではないのかという人もいます。しかし、偶然なのか著者の調査によるものなのか、これらはきちんと海外文献によるエビデンスがそれなりにあります。(ただ本書の中で開示していないだけです)

私は、この仮説の大枠を支持しており、非常に面白いと言えます。

ぜひ、読んでいただきたい一冊です。ずばり賛否両論を醸し出すであろう名著でしょう。

https://www.facebook.com/photo.php?fbid=1052373951609639&set=a.122416054605438&type=3&theater

内容紹介
地球上で人類だけが、大きな脳をもつようになったのはなぜか。脳のエネルギー代謝における「糖」に着目し、その進化の謎に迫る。

内容(「BOOK」データベースより)
なぜヒトの脳は大きくなったのか、そのヒントは「糖」にある。人間の遺伝子はチンパンジーと大きな違いはなく、99%は同じなのです。しかし、他の動物に比べ、並はずれて大きい脳を持っています。200万年前、立ちあがったサル同様の人類に、脳の拡大が始まりました。一体、このとき何が起こったのでしょうか。本書では、ブドウ糖に焦点を当てて、人類進化の謎に挑みます。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
林/俊郎
目白大学社会学部教授。1949年、京都府出身。東京農業大学大学院博士課程修了。農学博士。専門は、応用微生物学、特にルーメン細菌のレンサ球菌の代謝研究。83年、国際的に認知された新菌種の特殊な代謝機構を国際学会で報告、その際に「がんとウイルス」の相関について強い触発を受けた。この研究をベースに、乳児の特殊な胃腸の機構、がんの発生要因に関する研究を進め、啓蒙書などを刊行してきた

参照元:Amazon(「糖」が解き明かす人類進化の謎 なぜヒトの脳は大きくなったのか)

シェアする

フォローする