地球の内部を実際に見た米軍少将・・・バード少将、地球の空洞空間アリアーニで見たり聞いたりした事は、すべて口外してはならない、と私は命令された

地球空洞説が証明されているが(リンク)、その内部を実際に見た米軍少将の話を紹介します。

以下、リンクより引用。

南極偵察はQueen Maud Landから始まった。
バード少将は、1947年1月29日に離陸した最初の飛行機に乗っている。(中略)バード少将の行方は、3時間わからなかった。

バードの日誌から:
 10時、私たちは小さな山脈を超えようとしている。その山脈を越えた後は渓谷の中心に小川が流れている。ここに緑の渓谷はあるべきではない。外の気温は23度。
 左舷は山の斜面に大森林地帯が広がっている。航空用計器はいまだに回っている。ジャイロスコープ(回転機)は振り子のように前後している。ここの明るさはちょっと違うようだ。
 窓と右側の翼の直ぐ傍らに変な飛行機が…それらは急速に飛行機の脇に近づいてきた。

 11時35分、ラジオから神様の声がして、その声はちょっと訛りのある英語だった。「少将、私たちの領域へようこそ。丁度、7分後にあなたを着陸させます。安心して!少将、何も心配する必要はありません。」

 飛行機は少し振動し、まるで見えないエレベーターに乗っているように下降していった。

 11時45分、着陸した後、少将と無線技士は背の高い金髪の男たちに町に連れていかれた。私が見た男は、長い年月を顔に刻んだ細く繊細な人だった。
「あなたをここへ招き入れたのは、あなたが高潔な人格であり、地球表面の世界では有名だからだ。」

 地球表面の世界?
 
 「そうです。あなたは今、地球空洞内のアリアーニにいます。あなたは安全に地球表面、そしてあなたの基地までエスコートされます。しかし少将、あなたがなぜここに召喚されたかを話さなければなりません。我々のあなたがたへの関心は、日本の広島と長崎に原爆を爆破した事から始まった。それは警戒すべき時であり、私たちは航空機(UFO)をあなたたちの地球表面世界に飛ばし、あなたたちがどんなことをしでかしたのか調査した。それはもちろん過去の事だが、私たちは今まで、あなた方の戦争や野蛮行為に対して干渉は一切しなかったが、今は干渉しざるを得ない。それはあなた方が決して扱ってはいけない原子力を使い始めたからだ。
 私たちの使者は既に世界の権力者たちにメッセージを届けてきたが、彼らは私たちの警告を全く聞こうとしない。あなたが見たように、私たちの文化と科学はあなた方のものと比べて何千年も進んでいるのだ。(中略)」
「1945年以降、私たちはあなた方にコンタクトを取ろうとした。しかし、私たちの航空機は射撃された。第二次世界大戦は、これから何が起こるかという事の前兆にすぎない。」
(中略)
  
 そして、バード少将と無線技士は飛行機に戻った。飛行機のドアが閉まったとたんに、飛行機は見えない力で押し上げられ、高度2700フィートにまで達した。

バード日誌から:
 2時20分、私たちは再び広大な氷と雪のエリアの上にいた。ベースキャンプから大体27分のところにいた。私たちはベースキャンプに無線連絡を取った。彼らは応答した。
 私たちは、すべてのコンディションは普通通りだ…と連絡した。ベースキャンプは私たちの連絡にホッとした様だった。3時、私たちはスムーズにベースキャンプに着陸した。
 
 ところが、空飛ぶ円盤の話は、バードが基地に戻った事では終わらなかった。1947年2月26日、その空飛ぶ円盤は、遠征駆逐艦のマードックを攻撃し、デッキに積んであった半分の戦闘機、そして63人の船員と将校を失ったのだ。
 遠征のメンバーで経験を積んだ空軍のパイロットはこう記憶する。

「空飛ぶ円盤は海面から飛び出し、軍艦のマストの間をとんでもない速さで飛び、怒り狂った気流は無線アンテナを引き裂いた。空飛ぶ円盤は音をたてずに軍艦の間に突撃し、連続して酷い銃弾を浴びせかけた。」

 私はその時、空母カサブランカの船上にいた。戦闘機2機が空母の近くの海に墜落するまで、瞬きする時間もなかった。その戦闘機2機は、空飛ぶ円盤の前方部分から発射された未知のビームによって撃ち落とされたのだった。

 突然、、我々から2千メートル離れていた駆逐艦マードックが火を放ち沈み始めた。その悪夢は約20分間続いた。

UFOに攻撃された後、米海軍の遠征軍は兵器や軍機を置き去りにして、南極沿岸からサッサと逃げた。(中略)

 1947年3月5日のチリのサンディアゴ新聞に、バード少将のインタビューが載った。
 「敵の領域に対して即時の防衛案をまとめる事は緊急に必要だ」「私は過度に皆さんを怖がらせたくはないが、新しい戦争でアメリカ大陸が、南極から北極まで信じられないスピードで飛ぶ物体に攻撃される可能性が高いというのが苦々しい現実なのだ。」

 米国に戻ってきた1947年3月、バード少将はワシントンの米議会調査委員会の前での緊急審理のために呼び出された。
 バード少将は、円盤状の戦闘機の考えられない様な機能と攻撃について説明した。
「南極から発進してくる敵機の攻撃に対して、防衛計画を立てなければならない」とも言及した。「新しい戦争の場合には、米国は北極から南極まで信じられないスピードで飛ぶ物体を持つ敵に攻撃されるかもしれない。」

バードの日誌:
 「1947年3月11日、私はペンタゴンのスタッフミーティングに出席していた。私はすべての発見と、地球の空洞空間アリアーニのマスターのメッセージを述べた。すべては正式に議事録に記録された。
 私は6時間と39分、拘束され、尋問された。それは拷問にほかならなかった。私はアメリカ合衆国の国家安全基準により監視下に置かれた。人類のために、地球の空洞空間アリアーニで見たり聞いたりした事は、すべて口外してはならない、と私は命令された。」
   
 1949年、海軍長官だったジェームス・フォレスタルは、精神病院に強制入院させられ、面会謝絶にさせられた。彼は地球の空洞空間の領域アリアーニについてしゃべってしまったのだ。
 1947年のUFOアタックの後、1959年12月1日、米国がイニシアティブを取り、南極条約を結び、12か国がサインをした。それは、「南極は平和的利用のみ許される…」というものだった

参照:http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=347976

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