地球が「臨界点」超える危険性、気候科学者が警鐘

「私たちに残された時間がどれほど短いか、人々はわかっていません」
 地球は緊急事態にあると、気候科学者らが警鐘を鳴らしている。複数の地球システムが連鎖的に「臨界点」を超えることで、地球全体が後戻りできなくなる可能性があるという。

これは「文明の存亡の危機」だと英エクセター大学の気候科学者ティム・レントン氏らは11月28日付けで学術誌「Nature」に寄せた論説に書いている。

 地球システムが崩壊すれば、世界は「ホットハウス・アース(温室地球)」状態になりかねない。つまり、気温は5℃上昇し、海面は6~9m上昇し、サンゴ礁とアマゾンの熱帯雨林は完全に失われ、地球上のほとんどの場所が居住不可能になる世界だ。

「臨界点はずっと先のことだろうと思われてきましたが、すでに差しかかりつつあるのです。恐ろしいことです」とレントン氏は言う。

 例えば、西南極の氷床は徐々に崩壊が進んでいるが、最新のデータによると、東南極の氷床の一部も同様に崩壊が起きている可能性があると同氏は説明する。両方の氷床が融解すれば、今後数百年で海面は7mも上昇する。

 地球の気候に多大な影響力をもつ要素のうち9つが、後戻りできない臨界点に近づいている。そのうちの2つが西南極と東南極の氷床の融解であり、他にはアマゾンの喪失、広範囲での永久凍土の融解などがそうだ。

かつての理論は今や現実に
 臨界点の概念は、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)によって20年前に導入された。ひとたび臨界点を超えると、一気に不可逆的な変化が起こる。斧で20回打っても耐えて立っていた森の大木が、21回目の打撃でついに倒れるようなものだ。

 かつては、気候が臨界点を超えるのは5℃以上の温暖化が起きたときだと考えられていた。しかしIPCCは2018年の報告書で、それが1~2℃の温暖化でも起こりうると警告した。気温がわずかに上昇するたびに、30の主要な臨界点のいずれかを超えてしまうリスクが高まる。1℃温暖化した現時点で、すでに9つの臨界点を超えようとしているのだ。次の斧、つまりさらなる気温上昇で何が起きるかは、誰にもわからない。

 各国がパリ協定で約束した温室効果ガス排出量の削減に取り組んだとしても、気温はさらに3℃以上も上昇すると予想されている。

 11月26日に発表された国連の報告書によると、世界の炭素排出量は年々増加していて、気温上昇を1.5℃程度に抑えるためには2030年までに毎年7.6%ずつ排出量を減らす必要があるという。

 太陽からの熱エネルギーを受けた大気や海洋、氷床、森林などの生態系、土壌は、地球の熱循環に影響を及ぼす。それらは相互作用しているため、いずれかの要素が大きく変化すれば、ほかの要素にも影響が及ぶ。21回目の斧で倒れた森の木は、ほかの木を巻き込み、ドミノ倒しを引き起こすかもしれない。

北極から全世界へ広がる影響
 科学者たちは今、別々の臨界点が互いにゆっくりとドミノ倒しを始めている可能性があると警告する。例えば、北極海では過去40年間、夏になるたびに海氷が失われているが、そのせいで熱を吸収しやすい水面の面積が増え、熱を反射する氷が40%も減ってしまった。その結果、北極地方の温暖化が進み、永久凍土が融解することで、大気中に二酸化炭素やメタンが放出され、それがさらなる地球温暖化を引き起こしている。

 また、北極地方の温暖化により、木を枯らす昆虫が猛威を振るったり森林火災が増加したりした結果、北米の北方森林が広い範囲で枯れた。これらの森林は、今では吸収する以上の二酸化炭素を放出している可能性がある。

 さらに、北極の温暖化とグリーンランドの氷床融解により、北大西洋に流入する淡水の量が増えている。そのことが、近年「大西洋南北鉛直循環」(AMOC)という海流の流速が15%遅くなった原因になっている可能性がある。AMOCは熱帯地方から熱を運んで、北半球を比較的温暖に保つ役割を果たしている海流だ。

 臨界点超えの多くはスローモーションで起こる可能性が高いという。例えば、南極の氷床の崩壊は数百年から数千年かけて進行するだろう、とノルウェーの国際気候センターの研究ディレクター、グレン・ピーターズ氏は説明する。「臨界点の多くは、どこが始まりなのかがはっきりしません」。なお氏は今回の論説には関わっていない。

気候の緊急事態宣言
 世界の気温は、人間による炭素の排出だけで上昇するわけではない、と論説の共著者であるデンマーク、コペンハーゲン大学の生物海洋学教授キャサリン・リチャードソン氏は指摘する。森林、北極と南極、海洋といった自然システムも大きな役割を果たしているからだ。「こうした要因にも、もっと注意を払わなければなりません」

 リチャードソン氏は、現時点で少なくとも9つの臨界点を超えつつあることを裏付ける証拠があることから、すでにいくつかは手遅れだと言う。ここから連鎖的に変化が起きて地球全体が不可逆的に変化し、人類の文明に甚大な被害を及ぼすリスクがあることから、同氏は気候の緊急事態宣言を出すべきだと考えている。

 リスクを最小限に抑えるには、炭素排出量をゼロにして温暖化を1.5℃程度に抑える必要がある。炭素排出量をゼロにするには少なくとも30年はかかると言われているが、それでも「これは最も楽観的な見積もりです」とリチャードソン氏は言う。

「私たちに残された時間がどれほど短いのかを、人々はわかっていないのだと思います」と論説の共著者であるスウェーデン、ストックホルム大学ストックホルム・レジリエンス・センターの地球持続可能性アナリスト、オーウェン・ガフニー氏は憂慮する。「10年か20年で気温が1.5℃上昇すると予想されているのに、炭素排出量をゼロにできるのは30年後なのですから、危機的状況にあることは明らかです」

「ただちに対策を打たなければ、我々の子どもたちは危険なほど不安定化した地球を受け継ぐことになります」とガフニー氏は言う。

優先される経済
 最近の国連などの報告書によると、米国、中国、ロシア、サウジアラビア、インド、カナダ、オーストラリアなどの国々は、依然として化石燃料の生産を増やそうとしている。こうした国々はパリ協定の下で温暖化を1.5℃未満にとどめることに合意しているが、自国の経済成長の方が大切であるようだ。

 ガフニー氏らは、文明が存亡の危機に直面している今、いくら経済的なコストと利益を天秤にかけたところで意味がないと指摘する。政府は経済学者の助言に大きく左右される。だがほとんどの経済学者は、研究や学問において気候変動を無視してきたため、人類に多大な害を与えたと氏は非難する。経済学の学術誌で気候変動を論じる記事や論文は非常に少ない、とガフニー氏は言う。

 米ニューヨーク州にあるコロンビア・ビジネス・スクールの経済学者ジェフリー・ヒール氏は、気候政策の経済分析では気候が臨界点を超えるリスクは考慮されていないと認める。「考慮していたら、分析結果は大きく違ったものになるでしょう。おそらく、気候政策を大幅に強化することを提案するはずです」

「臨界点を超えることは、資産や経済安定性、それに今の私たちの暮らしにとって非常に大きなリスクです」と「気候変動に関する機関投資家グループ(IIGCC)」のステファニー・ファイファー最高経営責任者(CEO)は言う。IIGCCは30兆ドル(約3200兆円)以上の資産を運用する投資家グループだ。氏は温暖化の影響をまともに受けるより、さらなる温暖化を防ぐほうがはるかに安上がりだと主張する。

「気候変動対策には、もっと大規模で、もっと切迫した行動が必要です」と氏は言う。

明るい兆しも
 一方で、世界の脱炭素化は2010年以降加速しており、このままいけば温暖化を2℃以内にとどめることができそうだとする論文もある。12月2日に学術誌「Environmental Research Letters」に発表されるこの論文によると、炭素排出量そのものは増加したが、脱炭素化により増加量は低く抑えられていて、もうすぐ減少に転じそうだという。

「すべての経済分野で積極的に行動すれば」、エネルギー効率の向上、再生可能熱、太陽光・風力発電などにより、パリ協定の目標を達成することも可能になったと論文の共著者である米カリフォルニア大学バークレー校のエネルギー学教授ダニエル・カンメン氏は考えている。

 ガフニー氏は、前向きな臨界点もあると言う。例えば、再生可能エネルギーの市場価格が化石燃料を下回れば、一気に変化が訪れる可能性はある。「再生可能エネルギーの価格は下がり続け、性能は向上しています。最強の組み合わせです」

 政治的に転換を図る国も増えている。例えば英国は2050年までに炭素排出量をゼロにする目標を表明した。「その目標が達成可能で、経済的にも問題ないという確信ができたのです」とガフニー氏は説明する。米国でも、2020年大統領選挙の候補者たちが、野心的な気候変動対策を発表している。

 グレタ・トゥンベリさんの効果もあって、この12カ月で広く社会的な意識が変化したようだとガフニー氏は言う。数百万人の学生がストライキを行い、多くの人々が緊急の気候変動対策を求めた。金融機関やビジネス界や都市も、高い気候目標を掲げるようになっている。

「こうした社会的な変化が1つの大きな動きになることで、2020年代は人類史上最も急速な経済的転換期になるかもしれません」とガフニー氏は期待する。

参照:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191130-00010001-nknatiogeo-env&p=1

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