地球最北の熱水噴出孔で生命見つかる、北極海の深海4000m

北極海の氷の下、水深4000mの海底を探査、地球外生命探しの手がかりに
 どこまでも続く氷原や、ところどころに突き出た氷塊はまるで陸地のようだが、グリーンランドの北の海に陸地はない。それを示すように、ノルウェーの砕氷調査船「クロンプリンス・ハーコン号」が、北極海の海氷を砕きながらゆっくりと進んでいた。

ノルウェー領スバールバル諸島にある町ロングイェールビーンを出港してからここへ到着するまで、予定よりも長い時間がかかってしまった。ところが、米ウッズホール海洋研究所のクリス・ジャーマン氏はせっかくの絶景に見とれることもなく、海底から送られてくるライブカメラ映像を一心に見つめていた。

 ジャーマン氏らが画面に映るのを待っているのは、海底に開いた裂け目から漆黒の深海へ噴き出す超高温の水煙だ。ガッケル海嶺沿いのオーロラ熱水噴出孔フィールドは、知られている限り地球上で最も北にある熱水噴出孔フィールドだ。海氷に覆われた海の底にあり、深さはおよそ4000メートル。地球にありながら最も異星に近い生態系があると考えられている。

 深海探査は、宇宙探査と同様に高い危険を伴う。深海の底は、どんなに頑丈な探査ロボットにとっても過酷な環境だ。今回のミッションでも、潜水艇を危うく失いかけるなど、いくつかのハプニングに見舞われた。

 だが、紫色の夕空が見られたこの日、船につながれ、何時間も海底の泥の上を移動していた高解像度カメラが、ついに海底にぽっかりと口を開けた裂け目の真上を通過した。船の各所に設置されたテレビ画面いっぱいに、直径1.5メートル近い噴出孔からたけり狂ったように噴き出る黒煙が映し出された。

「こいつは馬鹿でかいぞ」。ジャーマン氏が、声を上げた。

 その日、カメラは同じ場所をさらに2度通過した。その後も1週間かけて複数回通過し、オーロラ海山の南側にある起伏の激しい斜面を撮影した。

 画面には、煙突状の熱水噴出孔「チムニー」の、倒れた残骸が姿を現した。これはフィールドのいたるところで見られる。さらに、「ブラックスモーカー」と呼ばれる黒っぽい熱水を噴出する孔は、1カ所だけでなく、少なくとも3カ所あることも確認された。

 世界の果てで氷の下に息づく生態系にここまで迫ったのは初めてのことだ。

「この海域がまだ手つかずのうちに詳しく調べたいと思っています」と、ノルウェー水研究所でプロジェクトの主任科学者を務める深海生態学者エバ・ラミレズ・ロードラ氏は言う。「もし気候変動により海氷が融解すれば、太平洋へ向かう船がここを行き来するようになるでしょう。採鉱や漁業にも開かれるかもしれませんし、そうであればここに何があるのかを知っておくのは良いことです」

 さらにオーロラ熱水噴出孔には、別の星の海底で地球外生命を探す手がかりが隠れているとの期待も集まる。氷に覆われた木星の衛星エウロパや土星の衛星エンケラドスは、生命が存在する可能性が高いとされ、その深海には同じように熱水噴出孔があると考えられている。オーロラ熱水噴出孔は、地球上にある噴出孔のなかでも特にそうした星の環境に似ている。

 今回の調査に参加しているNASAジェット推進研究所の宇宙生物学者で、ナショナル ジオグラフィックのエクスプローラーであるケビン・ハンド氏は、「地球以外の星で生命が存在するとしたら、海にいる可能性が非常に高いです。この地球上でも、水があるところには必ず生命が見つかっていますから」と話す。

北極海で熱水噴出孔が見つかった
 海底の熱水噴出孔は、大まかに言って次のような過程で形成される。地球の地殻に開いた亀裂に海水が染み込んで、その下にある溶岩と出会う。ドロドロに溶けた岩石は塩水を熱して化学反応を起こし、地殻にできた穴を通って海底に噴出する。鉱物を豊富に含んだ超高温の海水が次から次へと湧き出て、暗く冷たい深海にすむ生物に熱とエネルギーを提供する。熱水噴出孔の周囲にしかみられない巨大なチューブワーム、二枚貝、目が見えないエビ、微生物などだ。

 科学者たちがこのガッケル海嶺で熱水噴出孔を探すために初めて調査に訪れたのは、2001年のことだった。その時は、海底近くでよどんだ水の層が発見され、引き揚げた岩石サンプルからは活動を停止したチムニーの残骸も見つかった。いずれの観察結果も、ブラックスモーカーの存在を示唆している。

 2014年に第2回目の調査が実施され、ジャーマン氏らは砕氷船ポーラースターン号に乗って、同じ場所へ戻った。この時は、熱水噴出の痕跡を海中で探し、そこから噴出孔のありかを突き止めようとした。調査も終わりに近づいたころ、高解像度カメラを深海へ沈めた。港へ引き返す予定時刻の2時間前になって初めて、カメラは小さなチムニーの姿をとらえた。数枚の写真の端をかすめるようにして写り込んでいたのだ。

 しかも、冷たい海水から検出された噴出孔の痕跡は、それよりはるかに大きな何かが海底に隠れていることを示唆していた。そこで調査チームは今年、より広い観点からオーロラ熱水噴出孔フィールドを調査することにした。全体的な構造はどれほどの範囲に広がっているのか。どのような化学反応が起こっているのか。噴出孔の周囲に深海の生態系はあるのか。もしあるとすれば、どのような生物がすんでいるのか。

 そして宇宙生物学者らも、地球外生命を探すための手がかりを得るため、船に同乗した。

次々にアクシデントに見舞われる
 ところが、今年は船が港を離れる以前から問題に直面した。まず、高解像度の海底探査用カメラ「OFOBS」が、当初誤って別の極地探検の積み荷に入れられてしまった。さらに悪いことに、ウッズホール研究所の潜水艇「ネレイド・アンダー・アイス(NUI)」も、海中で危うく行方不明になるところだった。

 NUIは250万ドル(約2億7000万円)を投じて最新技術を結集した遠隔操作型潜水艇で、大きさはミニバンと同程度。1回の充電で海中に半日ほど滞在できる。船から40キロ以上離れ、水圧に押しつぶされることなく約5000メートルまで潜水が可能で、分厚い氷の下でも機能する。

 機体は明るいオレンジ色で、無人で海へ潜る。研究者らは送られてくるライブカメラ映像を見ながら、遠隔操作で海底の生物を採集したり、試験管で堆積物をすくい取ったり、熱水噴出孔から噴き出る硫黄の噴煙に調査用プローブを直接差し入れることも可能だ。

 ところが、オーロラ海山に到着してから2日後、NUIは海中に潜ったまま行方がわからなくなった。目的の深さまで近づくと、システムがひとつずつ消えてしまったのだ。エンジニアたちはNUIを引き揚げようとして、機体に搭載した重りを解放し、浮力を回復させる安全システムのスイッチを入れたのだが、NUIは浮き上がることなくそのまま動きを止めてしまった。NUIの深度を示す折れ線グラフは、まっすぐな線を描いたまま画面の右から左へただ流れていった。

姿を現した怪物スモーカー
 幸いにも、NUIは3日後に海上に戻ってきた。安全システムが作動するのに思ったより時間がかかってしまったようだ。NUIを修理している間、船長は氷の間を縫って船を移動させながらOFOBSカメラを曳航し、噴出孔フィールドの真上からの撮影に成功した。

 その夜、テレビ画面の前に集まった科学者たちは、画面の中をゆっくりと流れる薄暗い海底を心配そうに眺めていた。ベージュ色の泥が延々と続いていたが、やがてそれを覆う黒い砂利の層が視界に入ってきた。さらに明るいオレンジ色と黄色の何かが現れた後、カメラは上を向いてごつごつとした急斜面を登り始めた。

 突然、高さ15メートルほどの物体が現れた。海底の下から吐き出された火山物質のてっぺんに達したのだ。堆積物は、どんどん色が濃くなっていった。一瞬、激しく噴き上がる煙が画面の端をかすめたかと思うと、歯をむいた巨大な噴出孔が姿を現した。

 船をさらに動かすと、もくもくと膨れ上がった黒煙にカメラはすっぽりと包み込まれてしまった。黒煙はそのまま800メートルほど上へ向かって伸びていた。平均的なチムニーをはるかにしのぐ怪物スモーカーであることは明らかだった。船はその後も移動を続け、他にも水煙を噴いているブラックスモーカーを発見した。

 海底にうずたかく積もった硫黄物とチムニーの残骸から、オーロラ熱水噴出孔は数千年の間活動していたことは間違いない。はるか昔から、北極海の海底に熱と栄養を与えていたのだろう。

オーロラ熱水噴出孔の生態系は
 奇妙なことに、少なくとも今回の調査で撮影された写真を見る限り、オーロラ熱水噴出孔の生態系は異常なほど閑散としている。チューブワームの集団も貝も姿が見えない。微生物マットですら、一部をカメラがとらえたものの、やけに薄く見える。その代わり、ここは小さな巻き貝や端脚類(エビのような外見を持ち、生物の死骸を食べる)のすみかとなっているようだ。

「他の海の噴出孔には、おびただしい量の生き物が群がっています。それらとは比べ物になりません」と、ラミレズ・ロードラ氏は言う。「でも、まだ数枚の写真しかありません。どれも良く撮れていますが、ここはまだ詳しい調査が行われていないのです」

 ポルトガル、アヴェイロ大学の生態学者アナ・ヒラリオ氏もまた、他の深海に多く見られるチューブワームがここにはまったくいないことに驚いたという。ヒラリオ氏とノルウェー、ベルゲン大学の分類学者ハンス・トレ・ラップ氏は、北極海の海底に生き物があまりいないのは、この海域が誕生してからまだ6000万年しか経っていないためではないかとみている。この数字は地質学的には若いとされ、深海生物はまだここへ到達して極限環境に適応していないと考えられる。

 この海域で唯一繁栄しているように見えるのは、2種のガラス海綿と呼ばれる海綿類だけだ。繊細なガラスのような骨格を持つことから、そう名付けられた。直径1メートルに達することもあり、寿命は推定数百年ともいわれる。かろうじて生きているといわれることもある。体の大部分が、砂やガラスを構成するシリカ(二酸化ケイ素)でできているためだろう。幸い、NUIは修理後再び海底へ潜り、噴出孔近くのガラス海綿をいくつか採取してきた。

 地球外生命を探す研究者にとっても、今回の観察結果は興味深いものだった。地球以外の星の海には太陽の光がほとんど届かず、唯一の安定的なエネルギーは、星の内側から湧き上がってきているはずなのだ。

 ケビン・ハンド氏は、そのような異星の氷に包まれた海にもし生命がいるとすれば、その存在を示す痕跡をどうやって探すかという研究をNASAで行っている。今回の探査では、オーロラ・フィールドの海面に浮かぶ氷を調査した。氷の中に、生命を支える噴出孔の痕跡が閉じ込められているかもしれない。それが、他の星で生命を探す際の手がかりにもなるかもしれないのだ。

「氷の下に隠れている海をのぞき込むために、表面の氷を調べます。他の星の海も、同じようにして探査できるはずです」

参照:https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191124-00010000-nknatiogeo-sctch&p=1

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