不安を煽らないでと言う心の裏・・・たとえば社会毒の話をすると、「何を買えばいいんだ」と「買うものがないので不安を与えないで」と、「考えすぎると余計体調が悪くなる」と、「じゃあどこで買えばいいんですか?」しか市民というのは考えられません

不安を煽らないでと言う心の裏
 
たとえば社会毒の話をすると、「何を買えばいいんだ」と「買うものがないので不安を与えないで」と、「考えすぎると余計体調が悪くなる」と、「じゃあどこで買えばいいんですか?」しか市民というのは考えられません。
そうすると「あの人は不安を煽ることでビジネスしている」という貧弱な発想に陥り、「売名行為しか考えてない」といって一生嫉妬し続けたりします。
 
しかしもしあなたが応用的な精神の学問を学んでいれば、これらの考え方の裏にある本当の気持ちがわかることでしょう。
しかしこのような思考法を市民たちは学びたくないようです。
なぜなのか、私にとっては不思議でもあるのですが、推測するにそのようなものを学ばなくても、自分はそれを知っていると思い込みしているからでしょう。
もちろんそれじゃあ通用しませんが。
 
私の仕事の一つは精神科の患者のクスリを抜くこと、それは家庭問題や親子問題に通じ、日本人全員が抱える問題からの逃避にも通じ、メディアにもネットにも出てこない社会の闇にも通じます。
裁判案件になりそうでならない、なりそう以前に裁判しようにもできない、なってもドロドロ人間ドラマ、まるでいま私の娘がハマっているドラマ「相棒」みたいですね。
 
そんな話を何千件かやると心の裏が見えるようになるのですが、実は経験が多くなくても、学ぶことで即座に応用することはできます。
残念ながらそれは決して心理学や脳科学では手に入りません。
心理学は心や精神の学問じゃないのか?と思っている人は、初歩から学びなおす必要があります。
そしてそれは慣れてくると、ネットの書き方でもどんな心理かわかるようになります。
 
精神科の患者は自分が正しいとしか思わない=非常に強迫的とか、妄想がある=統合失調症などという、無意味な病名しかつけられていませんが、確かにそういう傾向は会って、それは人類の本質でもあります。
医学、栄養学、物理学や化学に法則があるように、あなたの精神にも不変的な法則があります。
それはおそらく市井のどの本にも載っていないであろうと思います。
 
だから全人類はこのような姿になっているのでしょう。
根源的な意味としての不安とは何か、それは絶対に存在していなければならず、不安を煽るという言葉の中に、いかに幼稚性があるか気付かないほうがよほど問題です。
なぜなら簡単に言えば不安は人類に突き付けられた現実だからです。
不安が解消される時とは、唯一、人の何倍も努力して基礎から学んだ後にしか訪れないのです。

参照:https://www.facebook.com/satoru.utsumi/posts/2520290111388060

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