「ATM共通化」は企業努力か?
この国のデジタル・シフトが遅々として進まないのはなぜか、と考えていたとき、「ガラパゴスの幸福」という言葉が浮かんだ。絶海の孤島で進化した体系に疑問を抱かず、外界の変化を知りながらも改めようとしない……。9月24日、三菱UFJ銀行と三井住友銀行がATMを共通化した。これにより年間約2億円のコストを削減するという。顧客の負担軽減に向けた企業努力のように見えるが、振込み手数料を安くしたり撤廃したりするわけではない。
三菱UFJ銀行と三井住友銀行の「無人ATM共通化」は、実は今年7月5日付で両行のホームページに掲載された資料「店舗外ATM共同利用開始について」で発表済みだった。それによると、共通化されるのは駅前や商業施設など2818拠点の無人ATMだ。
9月24日から、両行のどちらかに口座を持つ利用者(法人を除く)は、どちらのATMを使っても、自行と同じ手数料で振込みや入出金が行えるようになった。共同利用開始後の手数料は表(出典:三菱UFJ銀行の発表資料)の通りで、三井住友の口座保有者の入出金は「平日108円から無料」に、「夜間・土日・祝日は216円から108円」に軽減される
「手数料」という仕組みそのものへの疑問
明らかになっているところでは、両行は近接する場所に設置されている無人ATM600~700台を統廃合するという。ATM1台当たりの年間運営コストは30万円とされているので、年間2億円前後の削減が実現することになる。将来的には、近接する両行支店内のATMを統廃合したり、支店の規模縮小も想定していると考えられる。興味深いのは、このニュースを伝えた新聞やテレビ局のうち、ATMネットワークを社会・経済インフラとして、またその維持管理費を「現金の流通・決済コスト」と捉えたメディアがほとんどなかったことだ。
金融機関全体のATM運用費は年間2兆円といわれる。銀行員の給与や支店の賃料、設備機器などを合わせれば、総額ははるかに大きくなる。
そう考えると、ITを介して旧財閥系メガバンクが提携するのも、一見すれば時代の流れに合った企業努力のように見えるのだが、しかしこれを「金融改革の一歩」と評していいものかどうか。というのは、金融機関の対個人サービスないし社会・経済インフラの維持にかかる費用は誰が負担すべきか、という大きな課題は依然として残っているからだ。
民間が運営する社会・経済インフラのなかで、「総括原価方式」を採用しているのは電力と金融くらいである。設備投資や運営コストを消費者に負担させるので、絶対に損をしない。
他の民間事業者の場合、設備投資や維持管理費は「収益を生むためのコスト」と捉えるので、例えば宅配サービス業者が客からトラック購入費やガソリン代を徴収することはない。つまり、そもそも銀行がATMの手数料=使用料を利用者から徴収するのはいかがなものか、というのが筆者の立場だ。
「給料袋」が「データ」になるまで
ざっくりATMが社会インフラになった経緯をおさらいしておこう。金融機関は法人や個人の資金を預かり、それを元手に融資したり債権を購入するなどして利益をあげてきた。顧客を囲い込むために入出金の手数料は無料、他行への振込みは手間がかかるため有料、という点は手続きを人手でこなしていた時代から同様だった。
現金自動支払機(キャッシュディスペンサー)が登場した1960年代後半、銀行振込みでの給与支払いが普及した。これが、お父さんの権威が失墜するきっかけになった。給与が給料袋に入った現金から通帳の数字に変わり、管理権限がお母さんに移ったのだ。
給与が銀行振込みになれば、余剰金は自動的に預金となり蓄えられる。定期的に一定額が振込まれてくるので、個人向けの長期融資もできるようになった。金融機関はキャッシュディスペンサーを顧客囲込みのツールと位置付けて、定期・定額預金、住宅・自動車ローンに力を入れていった。
1980年代に入ると、複数の金融機関の間で資金決算を行うネットワークが構築された。1984年1月に稼働した都銀13行のBANCS(BANks Cash Service :都銀キャッシュサービス)、89年10月稼働のACS(All Japan Card Service:全国カードサービス)がその代表格だ。
BANCSとACSは1990年2月に全国キャッシュサービス(Multi Integrated Cash Service:MICS)に移行し、2004年1月からはNTTデータが運営する「統合ATMスイッチングサービス」を利用している。これにより郵貯銀行やコンビニに設置されているATMともデータ交換ができるようになった。つまり、ATMネットワークがデータを共有し「インフラ」になったのは、2004年である。
キャッシュディスペンサーの機能は現金を支払うだけだったが、磁気ストライプ付きキャッシュカードの規格統一が図られた1973年を境に、都銀を中心に第2次オンラインシステムの開発がスタートした。入出金と振込みの機能を備えたATMが登場したのは1980年で、煩雑な振込み作業が自動化された。
それによって金融機関は、大幅な労務とコストの軽減を実現した。ただし「自動化」の実態は、「顧客に端末を操作させて行員の手間を省く」というものだ。本来なら顧客は代行料をもらってもいいところだが、それまでの慣習に則って「振込みは有料」が継続された。
手数料の撤廃は可能だ
このような歴史的経緯から読み取れるのは、銀行は、業務が手作業で行われていた時代の認識を、コンピュータとネットワークの時代になっても根本的には見直さなかったということだ。なるほどバンキングシステムは、高価なメインフレームと専用回線で構築されたが、それによって金融機関は省力化と効率化のメリットを得た。手作業時代と比べると、振込み手続きは数万倍、数十万倍に高速化されており、実質的な手数料は限りなく「0」に近づいているはずだ。
もっとも、夜間・土日・祝日のATM有料化は事情が異なる。金融業の規制緩和(金融ビッグバン)に伴う競争原理の導入を背景に、2003年ごろ、週休2日制の拡大で休日の入出金ニーズが顕在化した。
オンラインを休止する夜間、メンテナンスする休業日もATMの入出金機能を動作させなければならず、預け入れられた現金の警備体制も整える必要がある。「夜間や土日・休日にも入出金できる」という特別なサービスに必要な経費を利益享受者が負担する、という意味合いで、ATM有料化は受容された。
今回の「ATM共同利用」に戻ると、「目先2億円のコストを削減できる」と言っている銀行にも、また利用者にも、それほど大きなメリットがあるとは思えない。2019年3月期の純利益は三菱UFJフィナンシャル・グループが8726億円、三井住友フィナンシャル・グループが7266億円。全体から見れば2億円など微々たる数字と言っていい。
マスメディアが「ATM1台当たり年30万円の運営コストが負担になっている」と説明するのは、銀行側の言い分を垂れ流しているとしか思えない。それならば、ATMがなくても振込み・引き出し手続きができる仕組みを構築すればいいだけだ。
実際、ネットバンクでは同行内の振込みは原則無料、他行宛ては回数制限があるものの無料のケースが多い(月0~3回まで・楽天銀行/東京スター銀行、月1~15回:住信SBIネット銀行/GMOあおぞらネット銀行など)。Webで残高確認、振込み、キャッシングができるうえ、入出金は共同利用型のコンビニATMで、という仕組みだ。要するに、振込み手数料を「0」にすることは決して難しくないはずなのだ。
ATM自体をなくすべき
三菱 UFJと三井住友がATMの共同利用に踏み切ったのは、おそらく今後、ネットバンクやQRコード決済などの普及でATMの利用頻度が急減すると見ているからだ。クレジット一括払いや自動引落としなら手数料はかからないし、日々の買い物の大半はキャシュレスでできるようになる(個人商店が手数料を負担することになるかもしれない)。
となれば、金融機関が独自のATMを維持管理するのはコストに見合わない。代わりに特定の金融機関に拘束されない非ロックイン型ATM(例えばイーネットATM)をずらりと並べたほうが効果的だ。ペイジー、ゼウス、ソニーペイメントサービス、イーコンテクスト、電算システムなど、ベンチャー系決済サービスを使う手もあるだろう。
消費増税をきっかけに、国がキャッシュレス決済の利用拡大を推進しようとしているのは周知の通りだ。一口にキャッシュレスと言っても、銀行口座と紐付いたカード決済(クレジット/デビッド)、現金チャージ型の非接触型電子マネー、QRコード/バーコード決済の○○Payと多種多様で、そこにT、d、Rといった買い物ポイントもからんでくる。
そうした時代に金融機関が取り組むべきは、ATMの維持管理コストを利用者に転嫁することではなく、デジタル技術を駆使して「ATMをなくす」ことだろう。まだ完全には実現していないが、非接触型電子マネーや○○Payで支払われたデジタル通貨(デジタル化された法定通貨)を、自動的に銀行口座に移動するサービスが実現すれば、流通・決済のコストは大きく圧縮される。
既存の金融機関が実施しているネット対応のサービスは、リアル通貨を前提とした金融取引の捕捉機能なので、支店、要員、機械装置の維持管理費がかかる。それに対してネイティブなネットバンクはデジタル通貨しか扱わないので、コストがほとんどかからない。
現時点で、そのような改革に意図的に取り組んでいるのは「○○Pay」を提供している企業群だ。デジタル通貨をブロックチェーンでコントロールする設計思想とアジャイル開発。それこそが、本質的なデジタルトランスフォーメーション(DX)のアプローチだ。
ATMも「昭和の遺物」になる
思い出すのは、今年7月にようやく移行が完了した、メガバンクの一角みずほ銀行(みずほフィナンシャルグループ)のシステム統合「MINORI」プロジェクトだ。旧富士・第一勧銀・日本興業銀行のシステム統合に関係したIT企業は約1000社、投入したITエンジニアは35万人月、要した費用は総額4600億円超とされる(みずほは2019年3月期決算で勘定系システムに4600億円の減損を計上した)。
2002年4月の大規模なシステムトラブルから17年、巨額の予算を投入して20世紀型のオンライン・バッチ処理システムを統合したのは、まさに「執念」と言っていい。しかしこの間にも様々な技術革新が起こり、5G実用化を目前に控えたいま、クラウド/エッジ・コンピューティング、サーバーレス、マイクロサービスが主流になりつつある。
IT業界の常識でいえば「10年間の運用コストは開発費の3倍」なので、みずほ銀行は「MINORI」のためにこれから莫大な負債を払い続けることになる。しかしこれまでのATMの運用がそうであるように、システム運用費を利用者に転嫁する「総括算定方式」が許されるなら、最終的に負担するのは口座保有者であり一般の顧客だ。
1960年代の後半、金融の世界を主導したのは三井銀行と富士銀行だった。オンラインシステムは資金決済の手続きを変え、押印をなくし窓口係員によるプライバシー漏洩リスクを軽減した。それによって銀行のイメージは、お高くとまった「金貸業」から、庶民向けの「サービス業」へ転換した。当時、銀行が取り組んだのは「事務機械化」「電算化」だが、発想は現在求められているDXと同様だ。
いずれ、日本も韓国と同様、入出金や振込みはネット、銀行に行くのはローンや遺産相続の相談のとき—という生活が当たり前になる。リアル通貨の流通量が激減するからだ。
そしてその向こうには、法定通貨のデジタル化という「解」が見えてくる。ATMも「昭和の遺物」と割り切って、デジタル通貨に舵を切らない限り、日本のメガバンクは世界の潮流に取り残されるのではないか。
今回のATM共同化は「ガラパゴスの幸福」か、それとも大局的なDX構想の一角となるか。今後の展開に注目しよう。