症状とは何か…非常に重要な考え方として症状こそ重要であり、「健康でないことこそが人間として当然である」という考え方がある。

症状とは何か
 
非常に重要な考え方として症状こそ重要であり、「健康でないことこそが人間として当然である」という考え方がある。
人間は常に不調を感じ、愚痴をこぼし、その不調と付き合いながら自然に生き死んでいくものである。
今の時代は毒だらけの時代でもあり、こんな時代と世界の中でいつも好調であれば、そっちの方が頭も体もおかしいのだと考えられるかどうかが重要だ。
 
セラピストなどでもとにかく症状を消してあげたいという人が多いが、そんな発想は医学者がやっている対症療法となにか違いがあるだろうか?
私自身について考えてもいつも体の不調は感じているものなのだ。
何かあればここが痛い、何かあればここが変、何かあれば寝れなかったり途中で起きる、そんなことは日常的なことだ。
現代の忙しい社会において、理想的な健康体などというものはどこにもあるはずはない。
 
現代の人々は、「健康じゃなくても、生きてればいいや」とはとても思えないのである。
「常に何の不調もない状態が健康」という考え方自体が、「彼ら」に洗脳されているということに気づかない。
奴隷であることに気付いていないのだ。
それが医療化を生み医原病を生み、さらなる不健康をもたらす。
これが重症や命にかかわるもののみを医学が扱ったほうが、医療費の軽減だけでなく多くの人が助かるという医学不要論の根幹の一つである。
 
つまり、その症状はあなたのセンサーそのものであり、生きている証明であり、なければいけないものなのだ。
 
たとえばあなたが下痢をしたとしよう。
その時に多くの一般人は下痢を何とかしたい、止めたいと考える。
しかしその下痢はばい菌を外に押し出すための防御反応であり、それを止めると病状は長引いたり悪化したりするのだ。
そうではなくその症状は必然であり、その症状を大事にしながら脱水やミネラル不足や体力低下に気を付けて、下痢が自然に収まるのを待つことが、実際は最も人体の治癒にとって有効なのだ。
 
もちろんここでも全ての代替治療を根こそぎ否定する気はない。
西洋医学でさえ救急医学や産婦人科学の一部などには大いなる価値がある。
しかしどんな治療であってもこの考え方は非常に重要なのである。
その症状を安易に治そうと思うからこそ医学の奴隷になる。
健康と名ばかりの「症状がない状態」を追い求めるからこそ、いろいろな商法が生まれ詐欺も発生する。
本来、治療の目的は病院を卒業することにあり、その不調が自然であると悟ることにこそあるのだ。

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