伸びる子の親は日々「好奇心」で生きている‐親の姿勢が子どもに伝播するという真実‐

子供が成長していく中で、大きな影響力をもつのが“親”という存在。最近では、大学全入時代や就職難という言葉を多く見かけるようになり、多くの親が子供に対して過多に世話を焼いていますが、実情はそれが子供の活力を奪っているようです。
子供にとって、親のあり方はどうあるべきなのでしょうか。以下の記事を参考にします。

(引用)――――――――――――――――――――――――――――――
(リンク
文章を拝読すると、山根さんのご質問の核心は、「ワクワクした気持ちで『もっと知りたい!』と自ら学習していくような人間を育てるためには親はどうしたらよいか?」ということかと思いましたので、それについてお答えしていきたいと思います。

〈親が日々ワクワクする感覚を持とう〉
私が考える答えはこれです。ずばり、
「親が、日々ワクワクした気持ちで『もっと知りたい!』と自ら学習していくような人間であればいい」ということです。
山根さんに挙げていただいた、好奇心を育めそうな取り組みの事例、私は、それらは有効的だと思いますが、ただやればいいというものでもないとも思っています。親が興味関心を持っておらず、好奇心の「種」がない状態で、ただ子どもの知的好奇心のためと思って実践させた場合、効果は半減するどころか、ほとんどなくなることもありえます。山根さんは、おそらくそうお感じになっているので、疑問に思っていらっしゃるのだと思います。
ではどうすれば、親が日々ワクワクする感覚を持ち、もっと知りたいという状態になれるでしょうか。
子育ては一大事業です。人ひとりを、時間をかけて育てていくことは、本当に大変なことです。忙しく、時間的ゆとりがない生活の中で「『ワクワクした気持ちで』『自ら学習していく』なんととんでもない!」と思われるかもしれません。しかし、そのような状況をいったん横において見つめなおしてみましょう。「自分がワクワクできることは何なのか?学びたい!知りたい!やりたい!と思うことは何なのか?」ということを親自身が考える必要があるのです。
何も数学や英語の勉強を親がもう一度する必要はないでしょう。そうではなくて、親が好奇心を持てることに対して「学ぶ姿勢」を日々の生活の中で表現できているかどうかということが重要なのです。
親の興味関心と子どものそれが異なることは当然のことです。ですから親が関心を示したことに子どもが関心を示す必要は必ずしもありません(ただ、同じ場合も結構多いですが)。
しかし、親が示す“好奇心”そのものの影響を子どもは受けるようになっていくのです。ここが重要な部分です。もう一度いいます。
「親の持つ“好奇心”そのものが子どもに伝播する」
ということです。

〈こうすれば好循環が生まれる〉
確かに書き取り、単純計算は、それだけではつまらないものです。理由は簡単です。日々の生活とリンクしていないからです。しかし、例えば子どもがお菓子作りに興味をもった場合、作り方が書いてある文章を読むには「字」が読める必要があり、分量を知るには「数字」が必要になりますね。
「好奇心」→「興味関心分野」→それに達するための「読み書き計算といった“道具”」
という流れができるのです。
そして、読み書きや計算の練習をするにつれて、自分がワクワクすることや知りたいことを、もっと知ることができるという手応えが出てきます。こうして、
「読み書き計算といった“道具”」→「興味関心分野」→「好奇心」
というサイクルが生まれ、さらに好奇心が強化されていきます。
もちろん、この通りに全てうまくいくとは限りません。人には多様な個性がありますから、単純にこの仕組み通りにはいかないこともあります。しかし、大きく捉えてみると、私のこれまでの経験からは、このような構造になっていることが多いと感じています。
これを機会に、お母さん自身が自らを振り返って、自分がワクワクすることは何なのかということを見つけてみて、お母さんの好奇心を輝かせてみてはいかがでしょうか。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
最近では、タオルを絞れない子供も増えてきているようです。(308322)これも、親の過多な世話焼きが影響しているものですが、方法や体験をただ与えればいいのではなく、まずは親の意識、日々の姿勢が何よりも重要。
親自身が「自分がワクワクできることは何なのか?学びたい!知りたい!やりたい!と思うことは何なのか?」ということを考える必要があります。
この姿勢こそが、子供に活力を芽生えさせ、自然と自ら考え、視野を広げていく意識が生まれていきそうです。

 

シェアする

フォローする