12年後に実現する? 量子通信による「安全なインターネット」の可能性

12年後に実現する? 量子通信による「安全なインターネット」の可能性
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より転載。

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中国の物理学者たちは2016年8月16日(現地時間)、世界初の「量子衛星」の打ち上げに成功した。米ラジオパーソナリティのハワード・スターンの声やダーツの世界大会を中継したりする衛星とは異なり、この巨大な約635kgの人工物は電波を発しない。その代わりに、赤外線のデリケートな光子を用いて暗号化した情報を送受信できるよう設計されていた。これは、既存のどの情報伝送システムよりもはるかに安全性が高くなりうると専門家らが述べる、量子通信という最先端技術のテストだった。

古代中国の思想家である墨子にちなんで「墨子号」と名づけられたこの量子衛星に関して、科学者たちは17年夏、『Science』および『Nature』の両誌にいくつかの論文を発表。量子衛星から地上の複数の受信機に対し、量子もつれ光子と呼ばれるビームを送信したことを明らかにした。

量子通信を手紙にたとえると、量子もつれ光子は封筒に相当するもので、メッセージを運んで安全性を保障する。中国科学院の研究者で、量子衛星実験を主導した潘建偉(Jian-Wei Pan)は、今後5年間でさらにいくつかの量子衛星を打ち上げたいと語っている。

また、潘は30年までに複数の国に量子通信が波及することを望んでいる。つまり、12年後に「量子インターネット」が実現する可能性が示唆されているのだ。

曖昧な「量子インターネット」の定義

量子インターネットとは、具体的にどういうものなのだろうか? 最も単純に言えば、量子信号形式で複数が互いに情報を送受信するということだが、その先の方向性は専門家も見定められていない。

カナダのウォータールー大学で物理学を教えるトーマス・ジェネウェイン准教授は、次のように説明する。「『量子インターネット』は曖昧な用語です。わたし自身を含む人々はその言い方が好きなのですが、それがどういう意味なのかのはっきりした定義はありません」

なぜなら、その技術の大半は依然として未成熟な段階にあるからだ。物理学者らはまだ、量子信号の制御や操作をうまくできていない。潘の量子衛星も信号の送受信は可能かもしれないが、量子情報を実際に保存することまではできないだろう。世界最高性能の量子メモリーであっても、情報を維持できる時間は1時間に満たないのだ。それに研究者たちも、量子メモリーの製造に最適な素材が何であるかを把握していない。

彼らはまた、将来の量子ウェブ上にある複数のノード間で、どうすれば効率的に信号を伝送できるか確信をもっていない。量子衛星で地球をくまなくカヴァーするのは費用がかかりすぎる。なにしろ、潘の量子衛星だけでも約110億円が投入されているのだ。

さらに、光ファイバーを使った地上での伝送も完璧ではない。量子信号は100km弱の伝送で減衰してしまうだけでなく、電子信号のように途中で増幅することもできない。そこで研究者らは、より遠距離へと信号を伝えることが可能になる「量子中継(quantum repeater)」という技術の開発を行っている。

特殊な位置づけのインターネット

この研究にはまだ時間がかかる。たとえ潘が国際ネットワークを敷設して30年までに運用を開始できたとしても、その時点でソーシャルメディアを扱えるほどの完成度には達していない可能性が高い。さらに、それ以前に誰も使いたがらないだろう。米ワシントン大学で物理学を教える傅凱梅(Kai-Mei Fu)教授は、「量子」というだけで優れている、というわけではなく、「量子的な通信は多くの場合、一般的な意味では役に立たないでしょう」と説明する。

量子信号は「重ね合わせ」のような奇妙な性質をもっている。あるひとつの粒子の位置は確率分布で表され、正確な位置は特定できない。人間同士のほとんどのコミュニケーションは、おなじみの「1」と「0」という電子的エンコードで表現するほうが、はるかに簡単であり続けるだろう。

つまり、量子インターネットは近い将来、通常のインターネットにおける特殊な部門として位置づけられる可能性がある。現在世界中の研究グループが、旧式のコンピューターを量子ネットワークに接続するためのチップの開発に取り組んでいる。人々は旧式のコンピューター設備を使うことがほとんどで、量子ネットワークへの接続は特別なタスクを行う場合に限られるだろう。

量子コンピューターのクラウド化につながる?

量子インターネットは、将来期待される量子計算構想にも活用できる可能性がある、と傅は語る。グーグルやIBMのような企業は、既存のどのコンピューターよりも高速に特定のアルゴリズムを実行するため、量子コンピューターの開発を競っている。

そうした企業は、一般消費者に個人用の量子コンピューターを販売するのではなく、自社の量子コンピューターを自社クラウドに置いて、インターネットを通じてユーザーが量子コンピューターにログインできるようにする形態を提案している。具体的には、演算中にユーザーのパソコンと自社のクラウドベースの量子コンピューターとの間で、量子暗号化された情報をやり取りする仕組みだ。「ユーザーは自分の情報を、盗聴可能な既存の方法で送りたくないと思うでしょう」と傅は説明する。

チューリッヒ工科大学のレナー教授は、発展に時間がかかることなど気にしていない。同氏はただ、こうした実験によって、物理学者が量子力学を新たな視点で捉えられることに胸の高鳴りを覚えるのだ。

「こうしたすべての科学的発展は、人々が物理学を理解するうえで間違いなく役立つでしょう。物理学者のひとりとして、わたしたちにとっては『応用』だけが重要なのではなく、『理解するための研究』も大きなモチヴェーションになっていると強調したいのです」と、レナー教授は熱く語る。ただし一般消費者としては、新しいガジェットの登場を待つばかりなのだが。

http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=333228

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