サプリメントの使用は慎重に進めることが望ましい。 サプリメントだからといって安心してよい代物ではない。

サプリメントの使用は慎重に進めることが望ましい。
サプリメントだからといって安心してよい代物ではない。
しかもサプリメントが必要以上に普及することは、この世界にとっても人類にとっても好ましくない出来事である。
現在の人類は「その場しのぎ」しか考えておらず、サプリメントも多分にそのような概念を含んでいるからだ。
サプリメントの利点としてまずあげられるのは、栄養補助の言葉どおり、主たる栄養素を摂取することができる点である。
「栄養療法」という言葉があり、私が行っている治療の中でも栄養療法は基本的な方針の一つになっている。
しかし、すべての問題が栄養療法で補えるほど甘くはないのもまた事実である。
栄養療法は多分に医学的な意味合いを持っているので、その中ではサプリメントは一種の「薬」と見立てることができる。
多くの日本人は、医者に処方してもらって飲んでいる「処方ヤク」を「薬」だと思っているが、これは大きな間違いである。
医者が使う「処方ヤク」はすべて猛毒であり、その9割以上は一切価値がないと断言できる。
それに比して副作用が少ないサプリメントは、人々が普通にイメージする「薬」の概念に近いものがあり、使いようによっては「薬」となり、また使いようによっては「毒」ともなる。
栄養療法での治療は、基本的に「食生活の根本的改善」に尽きるが、大きく欠乏した栄養素を早急に補うのにサプリメントは威力を発揮する。
ただし、サプリメントだけで健康が手に入ったり、病気が治ったりするわけではない。
精神面の修行や解毒のアプローチを含めて総合的に考えなければ、健康というものは手に入りにくい。
古代の民族たちはサプリメントなど飲んでいなかったが、長寿の人が多く肉体も我々より強靭であったのだ。
自然にいそしみ、時間に余裕のある生活を送っていた古代と比べ、現代は昔より栄養素などを要求されるようになっているといえるのかもしれない。
そこで、サプリメントの弊害までをすべて理解したうえで、自分でよく調べて選択する部分においては、サプリメントを許容することはできるだろう。
しかし、やはり基本は食の改善である。
さらにいえば、この世に流通する食材そのものを根底から変更することである。
もちろん、これは大企業などの利権があって難しいが、人類がこの先も存続していくためには、根底から変える必要があることはいうまでもない。
これが不可能かもしれない現状の中では、サプリメントに頼ることも一つの対症療法であるが、人類の食や生活そのものが切り替わることこそを切望したい。

参照:https://www.facebook.com/kitigaii/posts/2758346627784888

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