西暦536年からの十数年間「地球から太陽の光が消え暗黒の世界となった」。無数の人々の命を奪ったこの現象の原因は海底火山の噴火である可能性が高まる

人類史を脅かす巨大自然災害。新たに『海底火山による噴火』も世界に甚大な被害を齎す事が分かった。

「indeep」さんより抜粋引用です https://indeep.jp/undersea-volcano-caused-dark-years-of-from-536-ad/

◆西暦536年から十数年続いた地獄の季節の原因
2012年頃、英国のジャーナリストであるデヴィッド・キースという人が記した『西暦535年の大噴火』 という本を読み、そのことを何度か記事にしたことがあります。「西暦535年の大噴火」というのは邦題で、原題は「カタストロフィ」というもので、つまり「壊滅的な大災害」というような意味です。

これは、西暦 536年から少なくとも 10年以上「世界中」が巨大な厄災に包まれたことがわかっていまして、それがどんな厄災かといいますと、「地上に届く太陽の光が極端に弱くなった」のでした。

その影響は、地球のほぼすべてに及んだようで、文書や記録が残っている国家の「ほぼすべて」に、「西暦 536年から、地獄のような年が始まった」ことが書かれているのです。たとえば、それは各国でどんなものだったかを当時の資料で見てみますと、以下のような状態でした。

◆西暦536年からの世界
『東ローマ帝国の歴史家プロコピオスが西暦 536年に書いた記述より』

昼の太陽は暗くなり、そして夜の月も暗くなった。太陽はいつもの光を失い、青っぽくなっている。われわれは、正午になっても自分の影ができないので驚愕している。太陽の熱は次第に弱まり、ふだんなら一時的な日食の時にしか起こらないような現象が、ほぼ丸一年続いてしまった。月も同様で、たとえ満月でもいつもの輝きはない。

『東ローマ帝国の宗教家ヨーアンネースの541年の記録より』

美しくて理想的な家庭が、人員の多少を問わず、突如として墓場と化した。召使いも同時に急死し、その腐敗はいっしょに寝室に横たわった。死体が裂けて路上で腐っていることもあったが、埋葬してくれる人などいなかった。街路で朽ち果てた遺体は、見る者におぞけを震わすだけだった。腹はふくれ、口は大きく開き、膿はどっと吐き出され、目は腫れ、手は上に伸びていた。遺体は、街角や路上、中庭のポーチや協会内で、腐りながら横たわっていた。

『日本書紀』に記された西暦530年代後半の日本の様子

異常事態が起こった。ひどい伝染病(おそらく天然痘)が日本で発生したのである。多くの人びとが亡くなった。日本では何世代も前から天然痘が流行したことはなかったので、免疫もほとんどなかったに違いない。「国に疫病がはやり、人民に若死にする者が多かった。それが長く続いて、手だてがなかった」と『日本書記』には書いてある。伝染病が流行した地域は、おそらく人口密度の高い地域だったのだろう。そうした地域では、人口の六割が死亡したと推定される。とくに被害に大きかった地域では、住民の九割が罹患し、生き残れたのは三割だけだったと思われる。

『アジアの他の地域』

『北史』によれば、干ばつの悪化に伴い、中国中部の陝西地方では 536年に人口の7~8割が死亡した。人々は人肉を食べざるを得なかった。何ヶ月か経過するうちに、天候はますます奇妙になってきた。『北史』の記述によると、 536年 9月には中国北部の各地でひょうが降り、「大変な飢饉になった」。

537年 3月になると、中国北部の9つの地域であられが降り、干ばつが発生した。538年に入ると干ばつは終焉を告げたが、気象異変は依然として続き、今度は大洪水が何度も発生した。朝鮮半島でも事態は急を告げていた、 535年から 542年は、前後 90年間で最悪の天候が続いたと記録されている。

◆明らかに世界中で太陽光が著しく減少
他のどこでも、世界中がこのような状況だったようです。日光が著しく減少することにより、・極端な農業の不作・激しい食糧難・それに伴って大流行する感染症などが「太陽光があまりない暗い世界」の下で、十数年にわたり続いたのです。感染症は、西洋では主にペストで、東洋では天然痘だったようですが、そのどちらも流行した地域もあったかもしれません。

世界中の感染症の大流行に関しては、食べるものが極端に少なく、栄養状態が極めて悪い上に、人間は太陽光によって機能する体内のシステムがかなりありますが、免疫系やビタミンDなども含めて、それが機能しなくなる。こういうことなどにより、どんどん感染症が拡大したのだと思われます。

◆なぜ太陽光が減少したのか?
しかし、「なぜ、太陽の光がそんなに極端に弱まる状態が長く続いたのか」ということは正確にはわかっていませんでした。基本的には、535年に何らかの大災害が起き、それによって世界全体でその後の数年から十数年、深刻な気象変動が発生した。

という考え方は科学者たちの間での共通認識でしたが、このような極端な現象を引き起こす原因となると思われる事象は多くはなく、おおむね、以下の2つに絞られていました。

・巨大な火山噴火
・彗星や小惑星などの巨大な天体の地球への衝突

先ほどの『西暦535年の大噴火』の著者は、太陽が暗くなった前年の西暦 535年に発生したことがわかっているインドネシアのクラカタウ火山の噴火が原因だった可能性が最も高いのではないかとする主張を展開しています。

◆火山噴火や天体衝突ではなく海底火山の噴火が原因だった!
ところが、今回ご紹介する研究で、この西暦 536年からの厄災は、「海底火山の噴火によってもたらされた可能性が高い」ことが明らかとなったのです。

グリーンランドの氷床を分析したところ、西暦 536年頃の時代の氷床コアには、確かに地上の火山の噴火によって降り注いだと思われる堆積物が見つかったのですけれど、「その量では、あのように地球が暗くなることはない」という程度のものだったそうです。

つまり、535年のクラカタウ火山の噴火が、西暦 536年から十数年に及んだ「暗い時代」をもたらしたとは考えにくいということになったようです。さらには、そのグリーンランドの氷床からは、「グリーンランドの海では絶対に見られることのない微生物の化石が多数含まれていた」のでした。

そのことから、研究者たちは、「西暦 536年からの地球の暗黒化は、赤道付近の海域での海底火山の噴火によってもたらされたと考えられる」と結論付けています。

参照:http://www.rui.jp/ruinet.html?i=200&c=400&t=6&k=2&m=352203

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