この世界、この業界で生きていると徹底的にまでわかり、徹底的にまで見せつけられることがある。それがアホほどに口だけ、アホほどに言葉に頼り、アホほどに言葉にしかこだわらないということだ。

アホほど口だけ
この世界、この業界で生きていると徹底的にまでわかり、徹底的にまで見せつけられることがある。それがアホほどに口だけ、アホほどに言葉に頼り、アホほどに言葉にしかこだわらないということだ。これらを深層心理から理解しているグーミンたちは最大限に言葉を利用する。つまり嘘をつき、言葉を作り、おためごかしを繰り返し、捏造し、褒め殺しし、調子に乗るようことをいう。しかし彼らは何の行動もしない。そして人間はきれいごとが好きなので、何もしないグーミンに限って、言い訳がわりに言葉は大事にしましょうとかいう嘘を吐く。

私は診療でよく口にする。私は患者を信じたことが一度もない。それもかけらも信じたことがない。当たり前である。重度の薬物ジャンキーで、精神科に逃げ込むしか能がなく、自分で何も調べようとせず、自分で何も行動しようとせず、常に他人のせいにして過ごしてきた人たち、癌になる前に何も気にしていなかったのに、ちょっと食事療法やったら癌が治るとでも思っている人たちにたいして、どのような信頼をおけるというのか?それは決して芽生えない。つまりこれは依存症や薬物の治療をする時の、医師患者関係の本質そのものである。

私が人を信じることはないが、タイアップするとしたら上記のような人々ではない。彼らが今までと違い有言実行を果たすように、社会を変える実行力が多岐に及ぶ人ほど私はタイアップする。ネット民などもうどうでもいいのである。有言実行できない人間は政治でも医療でも、愚痴とあら捜しをするだけで大きなものには逆らわない。「薬を絶対やめる」と言いながら薬を止めず、「決してだれにも頼らない」と言いながら質問ばかりし、「決してなににも依存しない」と言いながら依存している。「薬が必要な人もいる」とか不勉強でアホ丸出しの事を平気でいい結局最後は泣きついてくる。

人間とはそのような生物であり、それを分ける境目は結果であり行動でしかない。彼らが薬をやめれないのも社会が変わらないのも必然なのだ。これは本来の医師患者関係と逆である。近年はそんな関係などな気に等しいが、例えば普通の身体医学で手術とかをする場合、この医師の手術で死ぬのならしょうがない、と思える人を選んで手術するのが常道である。これは先に信頼関係を確立しなければならないということだ。しかし薬物や依存症などからの脱出は全く正反対であるともいえ、現在の社会状況=依存社会に対しても同じことが言えよう。

私は家族や周囲の人々となると更に信用しない。信用しないどころか常に軽蔑し続けている。それも心の底から軽蔑し続けているといっていい。これは正直な気持ちである。その周囲の人々が患者の相手をするのがメンドクサク、精神科に振ってサクッと氏んでほしいからこそ、彼らは人を精神科に連れて行くことをよく知っている。社会活動も支援するとか応援するとか言って、実際には自分ではなく他人をこき使おうとか、自分が前面に立たないということをよく知っている。たとえそれが本心を装ったとしても、自分の裏にある心理に気付いていないままに、ここでも言葉だけきれいにそういうことを吐く。そのグーミンたちに助ける気が本当にあったら「そうはならない」。

だから私は政党を作ることを決めた。
協力者がたくさんいることも分かった。
まあ、私が作るというものではないのだが。

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