国民の義務として積み立てた公的年金で、一介の安倍政権が博打を打つ権限はない、

公的年金の加入は日本国民の義務とされる。国家の安定と国民生活を保障する最基底の制度として、その積み立てが合意されたものだ。その公的年金を一介の政権の思惑で、しかも日本株価の下支えの為に投入するなどは許されない。利回りの視点ならば世界に通用する優良日本企業を底値で組み込むべきであり、崩壊前夜の株価PKOに公的年金を組み込む政策(対米従属)強行は有り得ない。
バブル崩壊に伴う株価下支え対策として1992年に郵貯と簡保などの公的資金の投入が決定され、これが株価「PKO」と呼ばれた。そして安倍政権は日銀総裁を黒田に首を挿げ替え、日銀主導のスキームによる形振り構わぬPKOを実施しだした。更に公的年金にまで手を出して年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の基本ポートフォリオを変更させ、国内外の株式運用枠をほぼ30%→60%へと倍増させてしまった。
世界経済が深刻な危機に陥っていく今、乱高下を繰り返し暴落の危機が高まる株式市場に、公的年金の運用枠を広げた安倍政権の咎は極めて大きい。国民に強制加入を強いるのが公的国民年金である。暴落の危機に直面したこの時期、基本ポートフォリオは株式運用枠の閉鎖・縮小が有っても拡大などは考えられない。しかも株価や為替の相場は日本人が対処できる代物ではない。今や日本株の取引の60%は外国の投資家である。日本にバブルを仕掛けて、日本国民の冨を収奪し放題してきた国際金融勢力(金貸し支配)の懐に転がり込むだけでもある。
安倍政権の末路は株価暴落と為替の乱高下にあると誰しも云う。その政権維持の政治手段に公的年金を使うのは禁じ手である。東芝然り、経営責任は個人資産で償わなければならない。安倍総理とその閣僚は個人資産にとどまらず、国民国家の虎の子を散逸させた罪科を問われることになる。

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